日本の対COVID-19戦略への評価に関する考察

2020/5/23

こんにちは、東京医科歯科大学のやまさんです。

非常事態宣言が発表されてから1か月以上経ち、ほとんどの地域で解除されました。都内の感染者も2桁の日が続くなど少しずつではありますが事態は好転しているように感じます。個人的には、小学校の同窓会をオンラインで行ったり部活動の新歓をオンラインで行ったり、少しずつ外出自粛が苦にならなくなってきました。6月の頭から登校できるようになり、解剖学と組織学の実習が始まる予定で、逆に今までの生活に体を戻していくことができるのかが不安になっている今日この頃です。そこで、ふと思ったことがあります。

COVID-19に対する日本の現状はほかの国と比べてどうなんだろう。

何となくメディアでは日本が国単位で行う様々な政策や対応に懐疑的な意見が多いように感じます。ただ、実際に日本の感染者数は減っているのが現状であり、医療崩壊は確実に防ぐことができています。そこで、自分で様々な統計データをもとに現時点での日本の対応に対して評価してみることにしました。

ここで「現時点で」と書いたのには理由があります。最終的な日本の対応の良し悪しの評価はワクチン開発などが終わり、COVID-19に対する収束宣言が出されて初めて行うことができると私は考えるからです。それでも、今自分にできること、外出自粛した意味を考えるという点で、「現時点」の日本の現状を評価してみることには価値はあると私は思います。

1.そもそも、日本の対COVID-19戦略ってなんだ?

 日本の現状を評価するにあたり、まずは日本の対COVID-19戦略の内容を考えなければいけません。これがわからないことにはそれが達成されているのかどうかを評価することができないからです。今のところ、対COVID-19戦略は感染拡大阻止経済支援に大別することができます。前者には、一時的に自治体の権限を強めることで効果的な感染拡大阻止が行えるようにするための非常事態宣言や、最低限の感染防御策を全国民が行えるようにするための「アベノマスク」とも揶揄されるマスクの支給などが挙げられます。後者には、全国民一律10万円配布や、中小企業や個人事業主に対する支援などが挙げられます。

対COVID-19戦略における感染拡大阻止の目的はなんでしょうか。明確な治療法がない今、一度COVID-19 を発症してしまうと施せることのできる医療には限りがあります。ここで感染が拡大してしまうとこの限りある医療を感染者に施すことさえできなくなります。さらに、感染者への対応で余力を失ってしまうと普段なら救えたはずの命が失われてしまうことも十分に考えられます。

つまり、対COVID-19戦略における感染拡大阻止の目的は

COVID-19 人が死なないようにすること

なのです。

次に、対COVID-19戦略における経済支援の目的は何でしょうか。もし仮に経済損失を最小限に抑えることが目的と考えるのならば、おそらく当初のイギリスやスウェーデンなどのようにCOVID-19 に対しての集団免疫を目的として掲げたうえで外出自粛などを行うことなくそのまま経済を回していくはずです。裏を返せば、外出自粛策をとるということはある程度の経済的損害は覚悟しているということです。

外出自粛策をとると、一つ問題が生じます。働くことができないため日々の生活費を稼ぐことができないという人が増えてしまうのです。そうなると考えられる結末は二つあります。一つは日々の生活費を稼ぐために外出自粛を無視して働きに出るということ。これはロシアなどでみられているようです。一時期デモが頻発していましたね。もう一つは、事業が立ち行かなくなり多額の借金を抱えるなどして経済が崩壊することです。経済苦から自死を選んでしまうことも考えられます。どちらにしても、生活を送ることができるだけの支援を行うことによって、経済的損害は負うにしても、最悪の事態は回避することができます。

つまり、対COVID-19戦略における経済支援の目的は、経済的損失を抑えるということではなく、

外出自粛策を遵守してもらうこと、最低限生活を送れる状態にすること

(経済的な理由で人が死なないようにすること)

だといえるでしょう。

2.日本国民は日本の対COVID-19戦略をどれくらい評価しているのか

 この記事の始めのほうで、日本の対応に対して懐疑的な意見が多いように感じる、と書きました。実際どうなのでしょうか。

5月6日、シンガポールの調査会社大手のBlackBoxが日本を含めた23の国に対して自国のCOVID-19に対する現状を評価するといった統計の結果を公表しました。

その結果は以下の通りでした。(文献1)

これを見る限り、日本はどの項目においても自国民による評価は最下位だという結果になりました。

この原因の一つとして個人的に思うのが、国の対応の公民による評価は「国全体としてどうなったか」より「自分がどうなったか」によって左右されやすいという点があると思います。国全体として対処していくにあたり、全員にとってプラスというものはほぼないといえるでしょう。特に、今回のように「戦争」とも表現されるような事態においては全員が痛み分けを負っているような状態になります。こうなるとほとんどの人が「自分の生活状況は悪化したから」と悪い評価を付けるのです。逆に、何万人の人がなくなろうとも自分の生活が何も変わっていないなら高い評価がつきやすいのです。

3.個人的に評価してみる その1:感染者数

 さて、いよいよここからが本題です。COVID-19が収束したわけでもなければ、その全容が解明したわけでもない今、正確な評価を行うことは難しいのは事実です。そこで、なるべくいろんな視点から評価を行っていくべく、現時点での対COVID-19戦略の結果ともいえる統計をいくつかみていきたいと思います。

みなさんがまず初めに思い浮かぶのは感染者数でしょう。実際、COVID-19に関してメディアで最もよく見る統計は感染者数だと思われます。感染した人が多いなら結局それだけ対策がうまくいっていない証なのでは?という発想に多くの人がなるのも無理はありません。

そこで、日本の感染者数のデータを見てみたところ以下の通りになりました。(文献2)

まずは累積感染者数を見てみましょう。4月の間はそれなりのペースで増加していた感染者数がかなり抑えることができているのではないでしょうか。もう少しわかりやすい、新規感染者数に焦点を当てているデータがこちらになります。

このように見てみると結構減ってるのが見てわかりますね。これを見て「週間移動平均」という、ちょっと見慣れない用語があることに気づいたかと思います。週間移動平均ってどういう指標なのでしょうか。

週間移動平均はその日までの1週間の平均をとった値のことです。それではなぜこのような指標を用いるのでしょうか。一言でいうなら、一喜一憂しても意味がないから、になります。少しでも長期的な視点からこのデータを見ることができるように用いられます。四月中旬がピークでそこからは感染者数が一日だけではなく長期的に見ても減っていることがわかりますね。

ここまでのデータから、どうやら日本はそれなりに感染拡大が抑えられているらしいということがわかりました。それでは世界的に見て日本の感染者数はどれくらいなのでしょうか。ここで、単純な感染者数ではなく人口当たりの感染者数で考えていきたいと思います。そこでドイツにあるオンライン統計企業大手のStatistaがジョンズ・ホプキンスの統計をまとめたデータを載せたいと思います。(文献3)

ここには日本のデータがないので、ここに記しておきたいと思います(文献2)。日本の感染者は(5月18日18:00時点)17039人、これを人口(1.265億人)で割ると100万人あたりの感染者数は134.7人となります。ちなみ上のデータは人口400万人以上かつ感染者5000人以上の国を記したものだそうです。

ここまで見ると、日本は比較的うまくいっているようにも思われますね。ただ、感染者のデータというものは、実は一番信頼性の低いデータなのです。感染者というデータは、どうしても検査の件数や検査に対する方針、技師の方々の技量に左右されます。極端な話、検査を1回もしなければ「陽性になった人は出なかった」ということで「感染者0人」を主張することが可能です。それなら検査数で割って陽性率ならいいのではないか、とも思いますが、これまた極端な話、無駄な検査を増やせば陽性率は下げることができます。感染者数は一定の指標にはなりますが、信頼性としてはどうしても低くなってしまいます。

4.個人的に評価してみる その2:死亡者数

 日本の対応の目的は人が死なないようにすることであり、感染者と違って死亡者はごまかすことができないのだから死亡者に関するデータを見てみればいいのではないかと思い、死亡者数に関するデータを調べてみました。

それがこちらになります。(文献4)これは先ほどの100万人当たりの感染者数に関する統計と同じくジョンズ・ホプキンスの統計をStatistaがまとめたものになります。左から順に国名、死亡者数、人口(100万)、100万人当たりの死亡者数になります。

このデータには143か国がまとめられていますが、今回は上位20か国をこのようにして取り上げました。見ていただければわかる通り、上位20か国の中には日本は入っていません。日本のデータは以下の通りで、(5月18日18:00時点で)64番目でした。

他の国に焦点を当てていきましょう。COVID-19との共存を掲げているイギリスやスウェーデンは4位(約520)、6位(約360)と上位に入っています。一度は外出自粛策を緩めたが再び感染が広がってしまったドイツは14位(約96)、大統領が事態を甘く考えているとして批判を浴びたブラジルは18位(約77)となっています。

このように見てみると、日本は死者数という点からも先進国の中でも抑えることができている方なように感じます。

一見、死亡者数というのは非常に有効な指標にみえるかもしれません。実際、医療崩壊が起きていない日本においてはそれなりに有効な指標と考えてもいいでしょう。しかし、医療崩壊を起こしていた時期のある国では医療を受けることなく亡くなられてしまった人が集計から漏れてしまっているという可能性も考えられます。死亡者数を用いる場合、多く見積もる可能性はないものの少なく見積もっている可能性は否めません

5.個人的に評価してみる その3:超過死亡

 みなさん、超過死亡という指標を聞いたことがあるでしょうか。一言でいうと、「過去の同時期と比較してどれくらい死亡者数が増えたか」を示すデータとなっています。ちなみに、この指標では死因は区別しません。これによって、COVID-19直接の死亡者だけではなく、社会全体に与えたインパクトを評価することができるというわけです。この考え方は決して最近できたものではなく、1970年代からインフルエンザに関する一つの指標としてWHOに推奨されていたりします。

この指標のメリットとしては間接的影響も測ることができること、国や自治体などの方針に左右されないこと、医療サービスを受けてないことによる死亡数も入れるため医療サービスの浸透していない地域にも比較的導入しやすい指標であることが挙げられています。

超過死亡の比較データとして、今回はThe New York Timesの5月13日の記事を参照していきたいと思います。データは以下の通りです。(文献5)

縦軸が死者数、横軸は月日となっています。青の部分が過去のデータに基づく予想死亡者数、赤が2020年の実際の死亡者数になります。赤線が青線より上にいると、その分だけの超過死亡が見られているということになるわけです。

ここからわかる通り、多くの国では超過死亡が見られているようです。特に、一部の国は3月頃からの死亡者の統計すら取れていないという厳しい現状がうかがえると思います。上のデータではノルウェー、デンマーク、イスラエル、南アフリカ共和国は超過死亡を起こしていないということでこの記事では一定の評価を得ていました。

このデータには日本の情報がなかったため、調べてみましたが、残念ながら日本のデータは見つかりませんでした。東京に絞ってみても3月までのデータしかないという何とも言えない状態になってしまいました。データは以下の通りになります。(文献6)

3月は超過死亡数がわずかに出ているものの、3か月合計でみると死者数はむしろ減っています(=超過死亡は見られません)。

一見、このデータを見て日本(東京)の対COVID-19戦略は非常にうまくいっているようにも思えます。しかし、このデータからCOVID-19の影響が完全にわかるわけではないという意見もあります。死亡者数というデータはなにもCOVID-19だけで決まる物ではありません。今年はインフルエンザの感染者は激減しましたし、COVID-19のデータを抽出できたとは言いづらいでしょう。

超過死亡が数千人規模で見られたらなにかしら社会規模での大きな問題が生じているといえるに過ぎないのです。超過死亡が大きく、COVID-19の死亡者数の公式見解と超過死亡数に大きな差が見られればCOVID-19の死亡者数が見落とされる可能性が否めないというただそれだけなのです。裏を返せば、日本において超過死亡がほぼ見られないということはCOVID-19の死亡者数を日本は比較的正確に把握できていることを指し、対COVID-19戦略の評価指標にはあまりならないようです。

6.個人的に評価してみる:まとめ

ここまで、現在みることのできるCOVID-19に関するデータを可能な限り見てみました。どの指標も一長一短で、完璧に現在の対COVID-19戦略の評価を行うことのできるものはありませんでした。それでも、結果だけから考えていくと他の国と比べて特別劣ったものではないということがわかります。むしろ今のところは優秀なのではないかとさえ思います。それでも国民の評価が低いのは現状の対COVID-19戦略の結果ではなくその過程にあるのかもしれませんね。

これほどの大規模な感染症のパンデミックはどの国にとっても経験がほとんどないといえます。その中で満点な対COVID-19戦略を取るということは限りなく不可能に近いでしょう。少なくとも、それが「満点な対COVID-19戦略だった」といえるのはかなり先のことになるはずです。それでも全ての国が試行錯誤しながら少しでも最善の結果につながるように努力していることは間違いありません。

きっと今の日本の対COVID-19戦略は満点ではないでしょう。それでも及第点ではあるのではないかと個人的には感じます。これだけ長く書いておいて結局何もわからずじまいじゃないか、という感情を抱く方は多いと思います。このことに関してはこの場でお詫びさせていただくとともに、物事の実態は1つの統計からはつかめないのだということが少しでも伝われば私としてはありがたいです。

このような指標もあるのでは?などのご意見や指摘等がありましたらコメントに書いていただけるとありがたいです。 また、もしよろしければ UNI-TREATのTwitter(@uni_treat)をフォローしていただけると幸いです。それでは、長文失礼いたしました。

文献:全て2020年5月18日閲覧

1:BLACKBOX Most countries’ COVID-19 responses rated poorly by own citizens in first-of-its-kind global survey ,

https://blackbox.com.sg/everyone/2020/05/06/most-countries-covid-19-responses-rated-poorly-by-own-citizens-in-first-of-its-kind-global-survey

2:新型コロナウイルス感染速報  https://covid-2019.live/

3:statista COVID-19 Cases per Million Inhabitants: A Comparison , Martin Armstrong, May 18 2020

https://www.statista.com/chart/21176/covid-19-infection-density-in-countries-most-total-cases/

4:statista Coronavirus (COVID-19) deaths worldwide per one million population as of May 18, 2020, by country , Raynor de Best, May 18 2020

https://www.statista.com/statistics/1104709/coronavirus-deaths-worldwide-per-million-inhabitants/

5:The New York Times 74,000 Missing Deaths: Tracking the True Toll of the Coronavirus Outbreak , By Jin Wu, Allison McCann, Josh Katz and Elian Peltier, May 13 2020

https://www.nytimes.com/interactive/2020/04/21/world/coronavirus-missing-deaths.html

6:Bloomberg Tokyo Mortality Data Shows No Jump in Deaths During Pandemic , Gearoid Reidy, May 13 2020

https://www.bloomberg.com/news/articles/2020-05-12/tokyo-mortality-tally-shows-no-surge-in-deaths-during-pandemic

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