医学生が恋愛において心得るべき3つのこと

2020/4/25

ペンネーム すももん

 人は恋愛をする生き物です。誰かを好きになり、そして誰かに好かれ、付き合い、別れる。大学に入ると、新しい出会いと開放感と大学生特有のノリの渦に飲まれ、高校まででは経験が全くなかった人でさえ、何らかの形で恋愛に携わることになると思います。

 そしてそのこと自体、僕は歓迎すべきことだと思っています。恋愛というのは人が成長するうえでなくてはならない経験です。恋愛に本気で取り組むということは、一人の人間のことを本気で想いやることを意味します。すなわち、恋愛とは人を想う所作なのです。将来医師となる医学生ならなおさら、人について本気で考える、恋愛をする機会は持つべきといえます。

 しかし、ここで僕には声を大にして言いたい事が一つ…。

己が恋愛素人であることを自覚しろ。

 偏見と思われるかもしれませんが、事実として、医学生は(特にいわゆる難関校であればあるほど)男子校か女子高出身であることが多いです。

 そんな人たちが普通の共学に生きてきた人間に比べ、恋愛偏差値が勝ることはまずありません。共学出身の人たちであっても、失礼ながら一般の人に比べると経験が少ない人がほとんどです。

 …そんな恋愛素人な男女が100人集まったらいったい何が起こるのか?

 仮に中高六年間男子校、あるいは女子高の人で外部でも恋愛をしていないものだとします。そうするとその人の恋愛経験値は世間の中1と同じレベルです。

 つまり、いい年こいて一般的な人が中学時代に積み上げてきた黒歴史を再現しかねないのです。

 医学生は頭がいい分さらに厄介かもしれません。中学生の黒歴史をさらにぐちゃぐちゃに複雑化させ究極進化したダークマターが完成しかねません。

 僕は、一応真っ当な黒歴史を中学時代に作り、真っ当なお付き合いを高校時代にして、割と健全な中高生活を送らせていただきました。

 修学旅行の夜に告白して振られたし、同じ人に1年で3回告白して三回振られました。制服ディズニーもしたし、誕生日サプライズもしました。

 そんなこんなを経てる自分でさえ、おのれの未熟さはひしひしと痛感しています。まだまだ恋愛については分からないことだらけです。

 それでも大学一年の間のみんなの恋愛には驚愕の連続でした。自分の中学時代を彷彿とさせるような日々に懐かしさすら覚えました。

 …別にいいじゃないか。遅かれ早かれ人が通る道なんだ、そういう失敗を繰り返して人ってのは成長するんだ、温かく見守ってやればいいじゃないか。そうおっしゃる方もいることでしょう。その通りだと思います。

 ですが、必ずしも経験する必要のない、防ぐことのできる失敗だってあるんじゃないでしょうか?

 そんな不要で不急な交通事故さながらの失敗を防ぐために医学生が心得るべき僕なりの3ヶ条を、お伝えしていきたいと思います。

 …それと、僕がこんな記事を執筆しようとした理由はもう一つ。

俺が被害を被ったからだよ‼クソったれ‼

本当に切れそうでした。てかブチ切れました。(まあ自分が未熟だったのも一因だったのですが…)

 この記事によって、少しでも僕のような被害者が減ることを祈りながら、筆を進める次第であります。参考程度に体験談も交えるので、明日は我が身と思いながら楽しく読んでいってください。

・第一条:共有した「秘密」は洩れるものと知れ

 どーしても人に話したいことがある。話さなければ気が済まない。でもあんまり人には知られたくない。

 …大学で過ごしていればこんな秘密を抱えることはいくらでもあります。そういう時人は、大学でできた自分が一番信用している「親友」というやつに話をするわけです。今までため込んでいた鬱憤を晴らすかのように怒涛の勢いでしゃべり倒し、落ち着いて一言「この話、誰にも言っちゃダメだよ」。「親友」はそんなの当たり前じゃないかと、当然快諾することでしょう。

 さて大きな秘密を共有された「親友」は、最初こそ秘密を守り通すことを快諾したものの、秘密を守り通すことがだんだんと苦痛になってきます。どーしても話したい。話して共有しなければ気が済まない。でも人に知られては自分の信用が落ちてしまう…。

 そんな「親友」はどうするかというと、「親友」が一番信用している他の“親友”に話をするわけです。言いたい放題しゃべった挙句に、またあの、魔法の言葉を最後に付け足すんです。

「この話、誰にも言っちゃだめだよ」。

 …あとはわかりますね。一週間もすれば強く信じていた「親友」しか知らないはずの自分の大切な秘密が学科中の話のネタへと昇華しているわけです。これが現実です。

 その秘密をみんなに知られているとわかっていればまだいい方です。もし自分の恥ずかしい、みんなにはとても言えない様な秘密が拡散され、それを認識できていなかったら…。その後の立派な立ち回りも、影では「あいつ気取ってやがる…」と笑い話にされておしまいです。

 では、この話で一番責任があるのは誰でしょう?「親友」ですか?それとも”親友”ですか?あるいはその両方ですか?…いろんな意見はあると思います。しかし、反論覚悟で僕の意見を言わせてもらえば、これは最初に自分の秘密を打ち明けた人に一番責任がある!

人という生き物の性質上、秘密なんてそう簡単に守れるものではありません。本当の信頼関係が築けている人同士、それこそ親友同士ならあるいは可能かもしれませんが…。え?なんて?秘密を打ち明けた相手は親友だったじゃないかって?

 …では聞きますが、高校時代の親友は、どのくらいの付き合いですか?少なくとも3年、長い人では6年、それ以上という人もいるでしょう。

 特にこれは新入生諸君に言いたいことだが、その人たちと比べたらたかだか数か月の付き合いの人間なんて親友なんて呼べるはずがない‼絶対的な信頼関係なんて築けるはずがない‼…(※)

 当然例外もあるでしょうがまず間違いなく大半の人には言えることです。つまり、その事実に、大学生になりたての高揚感から気づかなかった人の方に落ち度がある、ということです。

 ただでさえ噂話は広まりやすいのに、学科にたった100人前後しかいないとなるとなおさらです。まずその秘密は10日と持たないでしょう。

 さらにそれがゴシップとなるとその拡散は留まるところを知りません。大学生になって恋愛したがりモンキーsの1年生はゴシップが大好物です。面白いほど一瞬で広まります。

 そして、それは自分の想い人のもとへも届きます。

 …相手に好意を、しかも自分からではなく他の人づてに知られた状態でする恋愛ほど、やりづらい物はありません。必ず自分の首を絞めることになるでしょう。(実際に僕の友達が、それで恋愛で失敗しているところを目撃しています…)

 自分が話した秘密は医学科全員に知られている(もしくはいずれ知られる)と思いましょう。それが嫌なら一切秘密は打ち明けないことです。

 特に自分の恋愛事情は絶対です。

 時間をかけていろんな人と付き合う中で、じっくり人を見定めて、この人なら…と思った人、確信をもって親友と呼べる人を見つけてから、その人に好きなだけ打ち明けましょう。早まってはだめです。

 そんな真の親友が見つかるまでは、高校までに付き合いが深かった奴に思いっきり思いのたけをぶつけて我慢しましょう。

 大学が違ければ、多少口が軽い奴でもそうそう自分の大学に話が回ってくることはありません。はるかに安全ですので、そちらのツテを頼るようにしましょう。

・第二条:皆が自分と同じ恋愛観を持っていると思い込むな

 当たり前のことのようですが、その程度は高校までのそれとは一線を画します。中高の人間は、思春期を共に過ごしたということもあり、なんやかんやで似通った価値観、恋愛観をもって育ちます。

 その点大学はすごいです。高校も違えば育ちも違う、地元も違う、家庭も違う、何もかも違う。そんな人たちが同様の恋愛観を持ち合わせている方が珍しいのは当然でしょう。

 しかも医学生は一癖も二癖もあるツワモノ揃い(個人の見解です)、まず綺麗にかみ合うことはありません。相手の行動に対する自分の解釈にはまず疑ってかかりましょう。当然その逆も然りです。

こんな話があります。

とある男の子が大好きな女の子がいました(ここではAちゃんとします)。その男の子はAちゃんとお近づきになるべく猛烈なアプローチを重ね、最寄駅からキャンパスまでの徒歩20分の時間を共に歩む権利を獲得しました。それだけで有頂天だった彼に追い打ちをかけるような出来事が起こりました。それは物理の中間試験の当日の朝。生物選択の彼は徹夜で必死に勉強し(なんとAちゃんと電話もつないでたりした)へっとへとの状態でいつもの待ち合わせ場所で待機、合流。歩き出してすぐに、Aちゃんはおもむろにチョコレート(GABAのやつ)を取り出しました。そして袋には「物理がんばろ😊」の文字と絵文字。「これあげる!はい!」。天使か?天使なのか?いや、天使なのである。そこで彼はAちゃんが脈ありであることを確信しました(もちろん物理の中間は余裕で通した)。

 …しかし、結論から言えば彼のこの恋は成就することはなかったのです。なんと悲しい話でしょうか?

 後日、Aちゃんの彼氏となった人間が当時の心境を尋ねたといいます。彼氏君もただの男友達にメッセージ入りのお菓子をあげるといったことは、尋常ならざることだと思ったようです。

 そしてAちゃんはこう答えました。

 「H〇Yでは普通だよ!」

 …伝説の一言である。みなさん、H〇Yでは普通なんです。くれぐれも勘違いなどすることがないように。

 この話もまた様々な意見が出てくることでしょう。しかしここで問題なのは、Aちゃんが悪いのか彼が悪いのか、ということではありません。様々な意見が出てくるというその事実こそ、この問題の本質なのです。

 人の数だけ価値観はあります。自分にとっての「普通」が、相手にとっても「普通」とは限りません。自分の恋愛観を他人に押し付けるなど言語道断です。常に相手の立場に立って考えることを怠らず、かつ自分本位な解釈を行ってはならない。

 非常に難しいことですが、常に強く意識せねば彼のように勘違いして自滅してしまいかねません。彼も大いに反省し、学んだことでしょう。

 まあこれ僕なんですけど。いろいろと学びました。ハイ。

続いて最後の掟です。ここが一番肝要。今一度気を引き締めて読んでくださいね。

・第三条:君の周りの100人は、今後一生の付き合いになる仲間であることを忘れるな!!

自分もまだまだ医学生になって間もない若造ですが、それなりに人との出会い、そして人と人との繋がりが、医師としての人生を豊かにしていくうえで非常に重要であるということは感じております。

 何より、大成している先生方にはご友人が多いです。しかも世界規模で。そんな、人間関係命の医師の世界で、同期というのはそれはもう切っても切れぬ最強のコネクションといえましょう。

 そのようなかけがえのない100人。一生関わっていくであろう100人。大事な彼、彼女らとの関係を、係が始まってたかだか1、2年の間に生じた、終わりの見えてる深さなどたかが知れたしょ――もない色恋沙汰のせいで壊してしまうのは愚の骨頂です。恋愛経験は大切と冒頭に申し上げましたが、それに勝って守るべき友、友情が存在するのもまた事実であります。

 告白して振られる、程度であればまだかわいい方です。よっぽど気色悪い告白(想いを歌にしちゃうとか、大勢の前で告白するとか)でもしなければ、時と共に軽い笑い話程度に収束させられることでしょう。

 医学科の皆さんが危惧すべきなのはズバリブッキングです。「〇〇って××のこと好きらしいよ…」(え、俺もなんだけど…(・□・;))

 …地獄そのものです。医学科は100人程度しかいません。そして全体的に女子の比率は低めです。特に男にとっては同じ女の子を何人もの人が好きになることはよく起こることです。

 そしてブッキングの厄介なところは、防ぎようがないという点です。好きになってしまったものは仕方がない。仲いい友達のあいつもあの子のことが好きだから、自分は手を引こう…なんて、そんな聖人のような選択は取れないのが人の性です。

 僕は入学してから、一人の大親友とも呼べるような人ができました。話は合うわ面白いわで非常に仲良くなり、選択授業も全部同じものをとり、一時期は夜な夜な電話を繰り返すなど、異常なまでに友好を深めていました。

 そんな彼だったからこそ、お互いの恋愛事情もすべて打ち明けていました(僕はそのつもりでした)。そして、ある時僕がふと、Aちゃんが好きなんだということを彼に打ち明けたんです。

 彼はその時、一瞬非常に苦しそうな顔をしていました。しかしその後特に彼の態度は変わることなく、相変わらず仲良くしていたのです(もしこのとき、この時もっとその表情に気を配っていればあるいは…何か変わったのかもしれません)。

 しかし…その1週間後に事件は起きました。深夜彼から電話がかかってきました。いつも通り電話をとり、その日仕入れたメディカップル誕生の話を嬉々としてする僕。しかし相手の反応はいまいちです。どうしたの?と聞くと、10秒余りの沈黙の後、衝撃の一言が。

「俺、今日Aちゃんに告白した。」「…そっかぁ…OKもらったの?」「うん…」。

………。

 人生初の台パンを某もこう先生さながらに思い切りかまし、電話を切りました。一年近く経ったいまでも思い返すと腹の奥底から憎悪と虚脱感が湧き出てきます。

 彼は僕の告白に驚き、焦り、告白を急いたそうです。医学科内で恋愛をすることの恐ろしさを、思い知らされた瞬間でした。(…※)

 別に今、この話では誰が悪いのか、という議論をするつもりは毛頭ありません。実際、それを判断するのは非常に困難なことです。しかし、この件で僕は、大親友だと思っていた人と、好きな人を両方同時に失いました。その苦痛は、筆舌に尽くしがたいものでした。現在彼とは、度重なる話し合いの末、国交こそ回復しましたが、正直ぎくしゃく感はぬぐい切れずにいます。どうすればこんなことを防げたのか?どうすれば僕のショックは和らいだのか?

 防ぐには、それはもう医学科内で恋愛をしなければそもそものリスク回避にはなりますが、先にも述べたように恋愛は不可抗力な要素を多分に含みますので、その方法は机上の空論でしかありません。ではどうすればよかったのか?

 端的に言えば、親友君に打ち明けなければよかったんだと思います。相手が知らなければ、この件の後に、「なんで俺があの子のこと好きだってこと知ってるのに抜け駆けなんてしたんだよ…」などといった、不毛かつやるせない感情が湧き出ることもなかったでしょう。本気の想いは、打ち明けず心に秘めることも肝要ということです。

 加えて、親友君の方にももっとやりようがあったのではないかとも思います。僕と被った事実を知った時に、神妙な面持ちで相談してくれれば、なにかしら、少なくとも友情が崩壊しない方向での解決策が見出せたかもしれません。

 しかし…。この件、いや、ブッキングという事故全般に関して、正しい回避方法や対処方法を見出すことは僕には不可能でした。それほどまでに、人の想いとは人には掌握しがたいものです。

 ですが、皆さんにはこれだけは押さえていてほしい。一時の恋愛感情でその後何十年の付き合いを棒に振ることは全く持って有意義なことではありません。

恋愛よりも大切な友情は存在する。

 このことをしっかり頭に入れておいてください。そして、もし自分がそういったシチュエーションに陥ってしまったら…。その時は、ぜひ慎重になってください。何度も深呼吸をして、長い目で自分の人生をみて、自分の守るべきものは何なのか、考えてみてください。答えは一つじゃありません。もしかしたら無いかもしれません。それでも、衝動に身を任せてはいけません。焦らず、慌てず、自分なりの最適解を探してみてください。きっと何か、何か大切なものが見えてくるはずです。

・おわりに ~ここまで読んでくれたみんなへ~

長々と僕のお話にお付き合いいただき、ありがとうございました。いかがでしたでしょうか?「こんなん当たり前だよ!いわれなくてもわかってるわ!聞いて損したよばかやろう!」そうおっしゃるあなた。それでいいんです。僕が今回挙げた3ヶ条は、何も特別なことではないのです。普通に考えればわかる。冷静になってみれば当たり前すぎることなんです。その通りです。でもね、

普通じゃいられないのが恋愛なんです。冷静じゃいられなくなるのが恋をするということなんです。

 周りも見えなくなり、わき目も振らずに誰かを想う。これが健全な恋愛だと僕は思います(ここにも恋愛観の差が出ちゃいますね。僕の考えがわからない人はそれでもいいです。)。故に、健全であればあるほど、沼にはまり、恋愛を通して自分の心に大きな傷を残すこととなるのです。

 これは余談ですが、文中何度か登場したAちゃん、そして僕の親友との三人のお話は、もちろん実話です。そして、一つ勘違いしてほしくないのは、僕は今、この二人を毛ほども憎んではいません。

 当時こそ僕は非常に苦しみましたが、この件を通して得られた僕の人としての成長は計り知れないものがありました。この経験は、今後の僕にとってなくてはならないものだったと思います。

 そして、この話を通して、後世の医学生には多くを学び、反面教師としていただきたいと思ったのが、この記事を書く動機だったというわけです。

 この話にはたくさんの後日談や裏話があるので、いつかまとめて執筆させていただけたらなぁ、と思っている次第です。

 閑話休題、僕はみんなには幸せな恋愛をしてもらいたい。恋愛で無駄に傷つくのは何の生産性もないことです。

 ですから、皆さん。この3ヶ条を強く強く肝に銘じておいてください。そして、ふとした時に思い出し、役立ててあげてください。きっと、どこか知らないところで、あなたが歩み出しかねなかったバッドエンドへの道を塞いでいてくれることでしょう。

 そして、ここまでの話を全て踏まえたうえで、僕は言いたい。

恋愛とは実に楽しいものです。

 恋愛は確実に、あなたの人生を色づける重要なファクターとなります。恋愛が見せてくれる景色はバラ色です。

 恋愛が与えてくれる教訓はどんなすごい教授の話にも勝ります。

 恋愛を通して、人を想うことの尊さ、その喜びを知り、みんなが医師として、そして一人の人間として、重厚感のある心豊かな者となることを、僕は心から願ってやみません。

 

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4件のコメント

  1. ためにな「り」ました!今後の執筆も楽しみにしてます!

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